日本の医療制度はすでに破たん

日本の医療制度はすでに破たん

医療ガバナンス研究所
理事長 医師
上 昌広 氏


聞き手 編集局長 島田一

――製薬業界の現状は…。


 今の製薬業界は、護送船団方式やMOF担(大手金融機関の対大蔵省折衝担当者)を使っていた昔の銀行と同じだ。価格やサービスを統制した結果すべての金融機関が同時に危なくなったように、今の医療行政は医療の本体である医者から患者へのサービスを怠って、国が統制ばかり握っている。まさにバブルまでの日本の銀行行政に瓜二つだ。日本の薬価が高いのは厚生労働省が決めているからで、薬というのは本来、グローバルなものであり、内国資本や外国資本という枠組みに囚われず価格が市場で自由に決まることで発展していくものだ。

――製薬会社の現状は…。


 また、新薬開発における基礎研究というものは何が成功するかまったくわかっていない。これまで製薬企業は膨大な研究費を投じ、なかにはノーベル賞を受賞したものもある。ところが、実際の薬になったのは、ジェームス・ブラックによる制酸剤など、ごくわずかだ。新薬開発とは、例えばフェイスブックやアップルと同じように巨額の費用を投じてヒット商品を生み出すわけはなく、確率として偶然発生するレベルに過ぎない。1980年に米国でバイドール法が制定されて政府資金で研究開発された新薬であっても大学が特許権を取得することが認められ、その頃から製薬会社の業態変化が始まった。製薬会社は確率が低く巨額を投じる研究開発から撤退し、大学の研究開発機関を利用するようになった。そのために製薬会社はファンド化していくが、確率が低い事業であることから言い換えればこれほど投機的なビジネスはない。一方、創立して日が浅いボストンの製薬会社アレクシオンファーマは、日本でも数百人程度の患者しかいない血液難病の薬を作っただけで時価総額3兆円を超えた。一つヒットすればビッグビジネスとなる。80年代にファンド化していった製薬会社は、90年代に入って資金調達コストを下げるために合併していくようになる。一方、日本の製薬会社は80年代までグローバル競争力では優れた企業だった。しかし、ファンド化の波に乗り遅れて以降、臨床研究開発や市販後調査で海外企業の後塵を拝するようになった。足元では武田薬品が湘南の研究所を閉鎖し、米国に移転したのもその流れの一環だ。こういったグローバルな変化に乗り遅れた日本国内製薬業界は、巨額な財政支出を背景に国内で完結して利ザヤ、利権を得られる体制にしてしまった。ドラッグ・ラグ(海外で使われている薬が日本で承認されて使えるようになるまで時間がかかること)を非関税障壁として利用し、薬の値段は厚生労働省の中医協が決め、世界の市場価格とかい離してしまっている。

――厚生労働省については…。


 厚生労働省の役人は声を大にして「日本を守る」と叫ぶ。厚生労働省は戦後、陸軍省と海軍省を吸収した。例えば、国立病院の多くはもともと陸軍病院だった。国立感染症研究所は731部隊の流れを汲む。軍隊と言うのは戦争を想定し輸出入ができないことを想定し自前調達を前提としており、その仕組みが昭和20年8月15日に厚生労働省の傘下に入り、組織がそのまま受け継がれたため、自前調達の意識がものすごく強い制度のまま残ってしまった。日本みたいに金持ちの老人が多い市場において自由競争をすれば最も製薬産業が栄えたはずだが、世界の自由競争に乗り遅れたため、もうどうにもいかなくなり、今はつじつま合わせに必死になっている。バブル崩壊の時に銀行を国が支えきれなくなるまで支えたように、製薬業界も同様の現象が起きようとしている。

――国が破たんする前にくさびを打つ方法はないのか…。


 保険を免責するのが一番だ。これまでは患者もやりたい、医者もやりたいという医療行為があれば、国が豊かで年寄りがいなかったから全部できた。しかし、今は国が豊かではなく、年寄りが増えてしまったため、すべて赤字国債で補てんしている状況となっている。本当はもうこれ以上払えませんと言えばいい。その代わりに医療を受けたい人に対しては混合診療を認めればいい。しかし、今でも厚生労働省がそれを否定している。とはいえ、20世紀においてソ連や中国の統制経済がうまくいかなかったように、モノの価格は市場が決めるということが世界の常識であり、薬価や診療報酬の価格決定も同様だ。統制経済はいつかは破たんする。

――診療報酬は下がらないのか…。


 例えば、風邪は3分間診療するだけ4000~5000円の報酬(組合から7割、自費負担3割)となるが、心臓マッサージは30分で2500円の報酬だ。命に係わるほうが安いことを見れば、価格はつじつま合わせとされていることが分かる。しかし、これを破壊するということは、既得権益を崩壊させることにつながる。この価格を独占的に決めているのは厚生官僚であり、また、この独占市場でビジネスを行っている人々は絶対に薬価引き下げに反対する。民主党政権時代に、中医協から日本医師会を一掃し、厚労省役人も変えようとしたがうまく行かなかった。国が価格を決める今の制度は、都内と田舎でも一人当たりの値段・報酬が同じのため、田舎ほど儲かる仕組みとなっており、さらに言えば地方の開業医が儲かる仕組みとなっている。このため、今の制度は地方の開業医をたくさん創出させた。現役の日本医師会会長の横倉義武氏は久留米の出身だが、彼は古賀誠氏の後援会長を務めてきた。おそらく共産党を除いて与党も野党も含めて開業医が後援会長に準じているはずだ。このように今の制度は政治と結びついて運用されているため、行きつくところまでいかなければ絶対に崩壊しない。

――日米の製薬業の違いは…。


 薬と言うのは世界中どこでも国が最大のバイヤーになっている。米国であれば米国政府がバイヤーであり、とりわけ特許期間中の薬は政府対製薬企業という構図となる。薬がないと国民である患者が泣くため、政治問題を避ける政府はどれだけ高い値段でも買う。ところが今回、余りにも高い値段がついたため、ヒラリー・クリントン氏が薬価抑制を打ち出した。米国では特許が切れた薬の価格は完全に自由な市場となり、一気に10~50%引き下げられる。一方、日本では新薬は米国よりも安いが、特許が切れた古い薬が高い。このため、新薬を作らなくても製薬会社が儲けることが出来る土壌となってしまっていることから、日本企業は新薬メーカーとして生き残れなくなっている。また、世界的にはジェネリックメーカーは薄利多売のため大企業に限られているが、日本に限っては古い薬でも高い値段で売れるため小さいジェネリックメーカーが存在する。政府はジェネリック推進を掲げているが、メーカー自体が弱いため、ジェネリック薬においても世界に通用する訳ない。また皆保険制度の違いについては、米国はメディケアとメディケイドで年寄りと貧乏人は国が面倒をみている。しかし、中産階級はカバーしておらず、その高い保険料を支払わない人もいる一方、日本の場合、中産階級から無理やり高い保険料を徴収しているに過ぎない。米国の場合、赤字国債といったツケを回していないことを考えれば、両国どちらの保険制度が「大人の対応」をしているかは一目瞭然だ。巨額な財政赤字を出し続けていることを考えれば、日本の医療制度はすでに破たんしていると言っても過言ではない。

――薬価の毎年、全品見直しが決まったが…。


 日本の場合、最終的に病院が保険組合に請求するが、その価格は政府が決めている。ところが製薬会社が病院に卸す価格は自由競争で、それが市場価格となっており、病院が保険組合に請求する価格より1~2割程度安いのが相場となっている。ただ、製薬会社と病院、病院と保険組合はBtoBの関係にあるため、本来ならば市場競争が働く機能は有しているが、このBtoBの関係にまで規制が入っているため市場競争は働かないでいる。また、製薬会社、病院、保険組合のなかでは保険組合が圧倒的に弱い立場にある。これは治療行為の値段も厚労官僚が決めているためだ。さらに、病院での医療行為が正当なものかどうかを審査して保険組合に請求する機関である支払基金は、社保庁の天下り機関であり、機能していない。そうした状況で薬価を2年に1度から毎年見直すようになれば、さらに役人が力を持つようになるだけだ。

――AI普及で医者はいらなくなるとの声もあるが…。


 今一番必要なくなっているのが薬剤師だ。薬剤師はBtoBで顧客と接しないため、調剤薬局で大手が出てくればコスト削減で薬剤師がいらなくなってくる。診療報酬を下げれば下げるほど企業の吸収合併が進み、アインファーマシーなどの大手企業はスケールメリットを発揮してくる。ただ、自民党の団体であり、議員を輩出している薬剤師会が「儲け過ぎだ」とこれら企業を叩いている。また、内科については遠隔診療が主体となってくる。とりわけ内科救急で遠隔診療が進んでいくだろう。遠隔診療について日本では認めているものの、1度受診した者に限られているため、海外の優れた遠隔診療を受けることは難しくあまり意味をなさない。医療においても薬価と同様に、役人がルールを決めている限り、進歩はない。遠隔診療ひとつにしてもすでにグローバル化が進んでおり、最もコストが安い国・地域に移っている。将来的に遠隔診療の本拠地は英語が使えるフィリピンとなるだろう。フィリピンの看護師は月給6万円、外科医でも20万円、家賃も3万円だ。こうした状況でいつまでもグローバル化するものに対して国独自の規制を設けていると、国そのものが滅びかねない。