三方良しの証券経営に

三方良しの証券経営に

内藤証券
取締役社長
内藤 誠二郎 氏


――過去20年間の証券行政を振り返って…。


内藤 小池総会屋事件で「野村證券も帰らざる河を渡った」との名文句を大田淵(田淵節也元野村證券会長)が残して以降、山一證券が破たんし、その後、金融監督庁から金融庁が誕生した。その当時から「貯蓄から投資へ」を打ち出し、金融ビッグバンによって手数料自由化と証券会社の免許制から登録制への移行がなされた。他方、相前後してこれでもかというほど多くのルールを矢継ぎ早に打ち出し、証券業務への締め付けを強化してきた。しかし、金融ビッグバンで登録制に移行したのが失敗だった。今でもその失敗が証券界全体に尾を引いている。誰でも自由に証券業に参入することができるようになったため、当初は証券会社が年間80社と、雨後の筍のごとく設立されてはつぶれるといった事態が数年間続いた。その間、免許制当時からの証券会社が半減する一方で、異業種からどんどん参入してきた。仮に異業種が証券業に参入することは良しとして、一番問題だったのは投資顧問会社の乱立だった。ピーク時で投資顧問会社は3000社近くに激増した。一番問題だったのは、数が多過ぎたことから金融庁の検査が行き届かず、野放しとなった。当時、世の中では役所の人員削減を求める風潮があったものの、見るに見かねた私は金融庁の幾人かに対し、「登録制に移行したならば、証券監視委も米国並みに大増員すべきだ」と提言した。その後、多少人員は増えたが追いつかなかった。その結果、関係した会社が次々と破たんする事態に陥ったレセプト債のような事件も発生し、証券界全体の信用を傷付けた。こういった商品を提案して組成した登録制以降に出来た投資顧問会社や証券会社を、責任をもって検査できなかった金融庁の検査体制にも問題があるのではないか。今後の為にも検査体制の強化を考えて戴きたいと切に願う。

――証券市場の評判を落とし、貯蓄から投資への流れが結局できていないと…。


内藤 20年来、金融庁は「貯蓄から投資へ」を推進し、最近ではNISAやジュニアNISAをスタートさせたが、預貯金過多は大きく変わっていない。最近では「資産形成」と言い方を変えてきている。最近、この20年間で資産6分法(先進国、新興国、資源国の株と債券)にしていれば最も良いパフォーマンスを実現できたはず、と金融庁は今までの証券会社の商品戦略にまで言及し、我々に反省を促している。20年前に言うならまだしも、結果を見てからなら誰でも言える。他方では、フィデューシャリーデューティーやコーポレートガバナンスなど一般の人には直ぐにはわからない英語(カタカナ)を多く使い出している。「誰にでもわかる日本語で言って欲しい」と言ったら、「さあ、なんて言えばいいんでしょうねぇ」との答えだ。言ってる当人が直ぐには言えないことに多少がっかりはしたものの、私は「顧客第一主義のことでしょう」と言ってあげた。今は、「顧客本位」という言葉を使っている。そもそも顧客本位という考えは、もともとは近江商人から受け継がれている「三方良し(売り手良し、買い手良し、世間良し)」の姿勢そのものだ。買い手も売り手も利益相反にならないように互いに儲かるビジネスモデルを、日本の多くの商人があの時代から培ってきた。それが最近になって金融庁が米国を真似て、ブーメランみたいに英語(カタカナ)で返ってきただけに過ぎない。今更始まった事ではない。まともな日本の企業は皆、顧客第一主義でやっている。

――カタカナ英語ばかりで違和感を感じる…。


内藤 ルールベースで締め付けを行ってきた当時、ルールに抵触しないかを気にして営業は萎縮する一方、ルールをこれ以上作っても複雑になるばかり。金融庁自身も、我々もそろそろ限界だろうと感じていた。その後、金融庁はルールベースから、「プリンシプルベース」というまた新しいカタカナ英語を使い始めた。このプリンシプルベースというのは、良識や倫理観を基本に個社ベース、個人ベースでコンプライアンスを考えろというルールだ。投資家保護を大義名分に掲げているものの、一向に進まない貯蓄から投資への流れをどうにかして作りたい金融庁の試行錯誤とも受け取れた。フィデューシャリーデューティーは、プリンシプルベースの具体化したものだ。この中に利益相反も付け加えた。これは投資顧問会社や投信・保険会社など商品を運用する会社が、訳の分からない多額の手数料を取り、投資家を不利にするという利益相反があってはならないという意味だ。これを証券会社に当てはめれば、顧客に損ばかりさせて手数料を稼いでいるという形は好ましくなく、顧客を儲けさせた結果として手数料を頂くというのが望ましい姿だというもの。また「手数料の多さで営業マンを評価するな、預貯金から証券投資に資金を導入してくる営業マンを評価しろ」と言っている。これは望ましい姿勢だ。ただ、正しい事は言っているが、現場は違う。営業員は誰でも顧客に儲けてもらいたいと思って商品を販売する。我々の扱う商品は、儲かるか損をするか、言ってみれば半々だ。元本保証ではない。この様に最近は、営業の姿勢・やり方にまで口を挟み始めている。金融庁のお役人には証券会社の経営や営業を経験して戴きたいものだ。一年程前、監視委員会から、「地方の証券会社のビジネスモデルはすでに破たんしている」との指摘があった。株式ばかりやっているからだと言いたいのだろうが、相場が悪かったのは行政が悪く、政治が悪かったためにデフレが長引いたということが大きな要因だ。投資信託をもっと売っていればそういったことも言われずに済んだのだろうが、トランプ相場のおかげで株式の比率が高い地場証券の業績は良くなってきた。証券市場は経済環境で常に変化してゆく。過去の結果だけを見て、行政はコメントするから、市場を知らないと言われてしまうのではないか。

――「貯蓄から投資へ」が進まない理由は…。


内藤 根本的な原因は、明治以降、先進国から資本主義を導入したため、手っ取り早く銀行優位でスタートしているという点だ。子供の頃から各家庭では、「無駄遣いはだめ。貯金をしましょう」という教育を受けている。誰も「大人になったら株に投資するんですよ」という教育は受けていない。150年に渡る日本人のDNAに貯蓄がしみ込んでしまっている。これを直すには地道な投資教育が必要であり、急がば回れで小学校から教えなければならない。また、世間では「私は株をやったことがない」と自慢げに言う政治家や株式会社の社長がいるのも問題だ。他方では、大蔵省証券局時代から「銀行は善で証券は悪だ」と思われているのも問題だ。株式は確定利付きではなく、儲かるか損するかは正直、不確定な世界だ。ただ、経済が何十年と右肩上がりが続けば、預金よりもはるかに金融資産を増やせるのが株式など証券投資だ。しかし、この20年間続いているデフレの間は、その恩恵が全く受けられなくなってしまったことが不運だった。また、「貯蓄から投資へ」が進まない理由は、証券税制への行政の理解が不足しているという点も挙げられる。例えば、不動産は相続税評価額の七掛けとか、銀行は不動産を買うときは金を貸すが、株を買うときは貸さないなどもハンディだろう。株の相続税評価額の低減は証券業協会を通して金融庁経由で財務省に訴えているが、遅々として進まない。このように行政が無理解なのにも関わらず、金融庁は「貯蓄から投資へ」が進まない理由は証券会社の努力不足や営業姿勢に求めようとする。今以上銀行に直接金融を担わせる方向に進めようとしたら危険だ。

――なるほど…。


内藤 金融行政がこれまで行ってきたことは「貯蓄から投資へ」ではなく、「貯蓄から投機へ」ばかりに見える。競馬、競輪、ボートレース、麻雀、FX、夜間取引、私設取引所など日本ほど投機の手段が揃っている国はない。金融庁は「貯蓄から投資へ」を促すためにネット証券や外国人投資家の高速売買を行う外資系証券会社の言うことには耳を傾けている様だ。そうではなくて、私が提案したいのは、証券税制(相続税評価)を不動産税制並みに低減する見返りとしての有価証券取引税の復活だ。これを復活させれば投機は減り、投資が増えるだろう。この長引いたデフレが終局に向かっている今、一定程度は株式投資をする人は増えるだろうが、このままでは一過性のもので終わるだろう。米国経済のように長い目で見て右肩上がりにならなければならない。それを実現するためには、やはり政治の力が必要であることは言うまでも無い。いずれにせよ金融庁による証券行政は、子供に行儀を教える如きルールベースから一人前の大人として扱うプリンシプルベースに進化し、フィデューシャリーデューティーにたどり着いた結果、日本に古くから在る三方良しの企業、証券経営に戻ることとなった。そのこと自体は、悪くない着地だと思っている。