AIIBの存在は良い刺激に

AIIBの存在は良い刺激に

アジア開発銀行
総裁
中尾 武彦 氏


聞き手 編集局長 島田一

――5月に横浜で第50回年次総会を開催する…。


中尾 今回の総会は、これまでのアジア開発銀行(ADB)の50年を振り返り、次の50年に何が必要かを考えるいい機会と捉えている。現在50年史の編纂をしているが、ADBの骨幹は「ファイナンス」にある。そもそもADBが創立されたのは、当時資金不足に喘いでいたアジア各国に資金を供給することが目的だった。ADBの創設に大きな役割を果たした日本も1960年代半ばまでは経常収支赤字が常態で、外貨は貴重だった。資金不足解決のため、アジアの各国からADBのような機関を設立したいとの声が出たが、構想段階ではメンバーをアジア域内国に限定する考えもあった。最終的に欧米諸国もメンバーとしたのは、その資金力、信用力を活用したいということなどが重要な要素だ。アジアに対してインフラ整備をはじめ開発に必要な資金を供給する役割を、今後もしっかりと果たしていきたい。

――融資にあたって重視するのは…。


中尾 渡辺武初代総裁も強調していたことだが、サウンドバンキング、すなわち金融機関としての健全性は強く意識したい。ADBは各国の協定によって設立された半ば公的機関ではあるが、同時に債券を発行して資金調達する銀行であり、トリプルAで債券を発行することが途上国にとってよい条件で融資をすることの前提ともなる。これまでも経済的合理性を融資判断の上で重視してきたが、通常融資ではこの精神を今後も堅持していく。一方、加盟国の中でも貧しく、あるいは脆弱な国向けには、ドナーの任意拠出をもとにした譲許的な貸し付けや無償資金供与も強化していく。インフラ整備の融資に当たっては、より高度で、環境にもよい技術を取り入れていくようにしたい。教育や保健などの分野でもADBの支援への需要は強い。一方でアジア各国の成長を促進する使命を果たすため、融資に限らず様々な方法で資金を動員することが必要だと考えている。例えばプロジェクトファイナンスにおけるPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の組成を支援するトランザクション・アドバイザリー・サービス(助言業務)を手掛け、民間資金を活用したファイナンスを支援していく。また、サムライ債はADBの1970年における発行が嚆矢となったが、このような各国での資本市場の育成をリードする役割も続けていきたい。

――今後の中心的な融資案件は…。


中尾 「開発」がテーマであることは変わらない。これまでADBは農業分野から始まり、電力や道路、鉄道、上下水道などのインフラ、保健や教育制度の支援も手掛けてきた。今後は、気候変動から来る海岸侵食、洪水などの問題への「対応」、再生可能エネルギーや省エネによる二酸化炭素排出の「緩和」への支援を拡大していく。その中で、水を節約して使うドリップ・ハーベスト、食糧を無駄にしないための倉庫やアクセスなど、再び農業も重要になっていると思う。

――ADBの組織としての課題は…。


中尾 今まで述べたことに加え、プロジェクト実施の際の環境や社会への配慮が挙げられる。ダムなどを建設すると、どうしても住民立ち退きといった影響が生じるが、そうした影響を緩和するため、正しい手続きの元にプロジェクトを進めていくことが必要であり、その点はきちんとやっていく。調達も、公平な国際競争入札がルールだ。一方で、さまざまな手続きが厳格で対応が遅いという批判がある。手続きの簡素化や、ITの更なる活用、28の借入国にある現地事務所への権限委譲などにより、業務の迅速化に努めていきたい。もちろん、予算の効率化、資金基盤の確保、スタッフの専門性強化も課題だ。

――その人材面は…。


中尾 総合職にあたるスタッフは多くが大学院卒で、日本人も1100人の中で152人が頑張っている。そのうち40人以上が女性だ。ADBは中途採用が中心で専門家の集団だが、常に一層専門性を磨いていく必要がある。やはり我々自身の能力を高めなければ、個別のプロジェクトごとに募集しているコンサルタントを使いこなせないし、技術の進歩においていかれてしまう。最新の技術を熟知し、それにより一段と高度なプロジェクトを推し進めていきたい。その一方で、職員の流動性を高めることも課題だ。例えば調査局のエコノミストにも現地事務所の所長を務めさせたりすることで、「One ADB」として、ADB全体のことを考えられる人材を育てていきたい。

――アジアインフラ投資銀行(AIIB)との関係は…。


中尾 昨年の5月に協力覚書を締結しており、今後様々な協力を行っていく予定だ。すでにパキスタンとバングラデシュでは協調融資を行うことが決まっている。これらの案件では、我々の方がプロジェクトの準備や実施をより多く負担するため、AIIB側から手数料も受け取っている。AIIBの金立群総裁とは一昨年から既に9回会談しているが、同氏が以前ADBの副総裁を務めていたこともあり、共通の問題意識を感じる。AIIBの存在は我々にとって良い刺激でもあり、ADBが自らの役割を見定め、効率性を高めていくことにもつなげたい。ただ、AIIBは名前の通りインフラに特化しており、我々のような医療や保健への融資は行わないという考えを示している。また、アジアの国々と先進国で構成されるADBと違い、AIIBは中東、南アフリカ、ブラジル、ロシアなども参加していることも大きな違いといえるだろう。

――思想も異なる…。


中尾 ADBが開発を重視しているのに対し、AIIBはより銀行らしく、資金運用に重みを置いているようだ。ADBも融資から利益を出し、それによって資本を増やして融資拡大に結び付けてきたが、AIIBはより銀行としての側面が強い。そのため、ADBが行っているような譲許的な融資、政策改善のためのプログラム・ローンをAIIBは行わないとしているほか、調査活動も他機関に任せ、自身は貸付に集中するとしている。加盟国の代表である理事会についても、AIIBは、常駐のものが北京にあるわけでなく、各理事が必要に応じてITを活用してバーチャルに開催するのが基本であるのに対し、ADBではマニラに常駐する12人の理事、12人の理事代理からなる理事会が日常的に開催され、重要事項を承認する。ただ、ADBとAIIBは違いがあるからこそ、補完的な関係になりえると考えている。

――目覚ましくアジア経済が成長した要因をどうみるか…。


中尾 1960年代のアジアはガバナンスもなければ技術革新もなく、日本という例外を除けば成長は見込めないという見方が欧米では強かった。しかし、その後は「Four Tigers」と呼ばれた香港、シンガポール、台湾、韓国に始まり、マレーシアやタイ、インドネシア、そして中国やインドなど多くの国が著しい成長を遂げた。それは、これらの国々が市場経済に基づく成長政策をとってきたこと、あるいは途中から国家主導の計画経済や輸入代替などの政策をやめて開放的な政策に転換したことが大きな要因だ。私は、途上国経済が発展するためには8つの条件、即ち①インフラへの投資、②人的資本への投資、③マクロ経済の安定、④開放的な貿易・投資体制あるいは規制緩和と民間セクターの促進、⑤政府のガバナンス、⑥一定以上の社会の平等性、⑦将来へのビジョン・戦略、⑧政治的安定・周辺国との良好な関係が必要と考えている。アジア各国がこれらの条件を満たしてきたことが成長要因だと評価している。

――アジアは今後も成長を続けられるのか…。


中尾 確かに既に大幅な成長を遂げてきたが、まだまだ成長できる。例えばフィリピンやベトナムは、1億人前後の人口を持つが、一人当たりGDPはまだ3000ドルに満たず、今後の発展余地は大きい。天然ガスなど豊富な資源から恩恵を受けているインドネシアも、一人当たりGDPは依然3000ドル台だ。3万ドルを超える先進国へのキャッチアップ余地は大きい。東南アジア以外では、南アジアは約14億人の人口を超えるインド、1億9000万人のパキスタン、1億6000万人のバングラデシュがあり、いろいろ難しい問題はあるものの最近は成長が強まっている。そのほか、中央アジアはいかに資源に依存しない経済構造を実現するかが重要で、例えばウズベキスタンなどは近代的な農業ビジネスもチャンスがある。いずれにせよ、世界の人口の半分強を占めるアジアは、今後も適切な政策を維持していくかぎりにおいて成長を続け、2050年には世界のGDPに占める比率も現在の3分の1から半分を超えるようになっていくだろう。

――各国はどう考えているのか…。


中尾 これまで、インドのモディ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領、インドネシアのウィドド大統領、ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問など、アジア各国の指導者と対話してきたが、どの指導者も経済を更に開放し、規制を緩和し、市場の活力を使って経済を成長させていきたいと考えている。どの国も雇用の創出が大きな課題となっており、そのために教育やインフラを強化し、ビジネス環境の改善を図っている。国家の介入を拡大して直接投資を排除するような政策をとろうと考えている指導者はいない。拡大する中間層はテレビやエアコン、バイク、自動車、それに化粧品といった商品を貪欲に求めており、その旺盛な需要にも支えられて成長は簡単には減速しない。需要に対応する生産力も強くなってきている。豊かになりたいという国民の思いを原動力に、保護主義や腐敗に対抗し、また、各国が協調していく関係が続けば、アジアは世界の中で増々存在感を増していくと考えている。