トランプこそがオバマの継承者

トランプこそがオバマの継承者

東洋大学
国際学部 教授
横江 公美 氏


聞き手 編集局長 島田一

――トランプ氏はなぜ大統領選で勝利できたのか…。


横江 逆説的だが、最大の要因は、共和党優位の時代から、民主党優位の時代へと移り変わったことにあるように思われる。オバマ氏以前の過去40年をみると、10回行われた大統領選挙のうち、民主党が勝利したのはカーター氏とクリントン氏の合わせて3回だけで、圧倒的に共和党が優勢な時代が続いてきた。しかし、勝ち過ぎたことで共和党はあぐらをかき、時代の変化に追従できなくなり、2009年のオバマ政権誕生につながった。こうした環境の変化は現在も続いており、だからこそヒラリー氏は世論調査などで優勢を示し、最終的にも総得票数でトランプ氏を上回った。トランプ氏が時代を読む目でヒラリー氏を上回っていたことが民主党の敗北につながったが、ヒラリー氏のような古い政治家ではなく、オバマ氏の思想を継ぐような人物が大統領候補であれば民主党の優位は動かなかっただろう。例えばゴア氏であれば相当有利だったはずだ。ゴア氏のような人物の躍進を、民主党内で強い影響力を持つクリントン家が阻んできたことは、同党にとって不幸なことだった。

――時代の変化とは…。


横江 米国の安全保障環境の変化、インターネットへの常時接続化、人口動態の変化という3つの要因が大きい。まず安全保障環境については、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が発端だ。あの事件により、海外でにらみ合いを続けてきた冷戦時代と異なり、アメリカが本土を直接狙われる時代になったとの認識が強まった。さらにブッシュ政権がテロとの戦いに終止符を打てなかったことで、本土を狙われる状況は長く続くことが明らかになり、海外よりも国内の安全を国民が重視するようになった。次にインターネットについては、もちろん登場自体はもっと前だが、SNSが登場し常時接続できる環境ができるようになったのは08年頃のことだ。これにより従来の新聞などのメディアの影響が後退した一方、ブライバート・ニュースのような新メディアや、SNSの影響力が増した。

――人口動態については…。


横江 1980年までは80%を占めていた白人人口は、現在では60%前後にまで減少している。これにより、以前は意識されていた白人間のプロテスタントやカソリックの差異が重要ではなくなったほか、異人種間の交流が当たり前になった。このことが有権者の意識を大きく変えているのは間違いない。オバマ氏は同性婚や中絶を容認する立場をとったが、これもキリスト教の価値観がアメリカで圧倒的ではなくなったことを示しているし、トランプ氏の7カ国に対する入国制限が大きな反発を招いたのも、宗教差別を許さないとする考えがアメリカ内で定着したためといえるだろう。

――オバマ氏はその変化を捉えていた…。


横江 例えば安全保障面からいえば、オバマ氏が冷戦を完全に終わらせたのは、時代の流れを読んでいた証拠だ。イランやキューバ、ミャンマーと和解し、核競争という冷戦の根幹の始まりの地である広島を訪れたのは、冷戦の遺物を清算し、国土安全保障にシフトするためのものと評価できる。オバマ氏が、アメリカが世界の警察ではないと繰り返したことや、ISISやロシア、中国、ロシアの脅威に対してただ乗りする国々が多すぎると指摘していたのも、アメリカの安全保障観の変化を象徴している。今、アメリカは本土に迫る脅威に対処するべく、リソースを海外から国内に向けている最中であるため、今後はアメリカ以外の各国の自助努力が必要というわけだ。トランプ氏の安全保障はまさしくこの路線を引き継いでいる一方、ヒラリー氏は古いタイプの考え方を持っているため、同盟国重視の姿勢を示してきた。日本人も冷戦感覚が抜けないため、オバマ氏やトランプ氏の安全保障戦略に戸惑っているが、アメリカ国民が望んでいるのは国土安全保障であり、トランプ氏はそのことを見抜いていた。

――トランプ氏はオバマ路線を継承している…。


横江 「ある意味でトランプ氏こそがオバマ氏の継承者だ」といえる。実はその通りで、安全保障以外の政策を比べてみてもその傾向は明らかだ。実際トランプ氏は最近まで民主党派で、共和党的ではないために勝利できたといっていいだろう。オバマケア撤廃を主張しているために、同氏は反オバマと見られがちだが、トランプ氏が皆保険制度自体は否定していないことに注目すべきだ。従来の共和党政権であれば皆保険制度を廃止するはずだが、トランプ氏はあくまで制度の再設計を目指しているだけだ。いわば自身の実績のためにオバマケアをトランプケアにしたいだけで、その発想は従来の共和党のものとは異なる。日本では、オバマ政権の反動としてトランプ氏が台頭したとみられているが、むしろオバマ政権の良い部分を部分的に継承しているからこそ、同氏はヒラリー氏に戦略的に勝利できた。

――異なる部分もある…。


横江 目立つのは、トランプ氏が国内雇用を最重視しているところだ。オバマ氏が重視していた環境保護にトランプ氏が関心を示していないのは、それが雇用創出をむしろ阻害すると考えているからだ。TPPについても、雇用を損なうという理由で反対してきたが、実は本来であれば共和党は自由貿易推進派であるため、トランプ氏の立場は従来の共和党とは異なるものだ。むしろ労働組合を支持層に持つ民主党が歴史的には自由貿易拡大に反対してきたのだが、オバマ氏の場合はTPPを経済のためでなく、各国との経済関係深化による安全保障の手段として捉え、推し進めてきた。もし中国が加盟を望むならばルール尊重を求め、中国を西側諸国に近づける狙いもあった。

――貿易をアメリカは外交手段にしている…。


横江 冷戦時代、アメリカは自陣営に各国を引き込むために自由貿易を推進してきた。この間、東側よりも西側陣営が魅力的とアピールするために、アメリカが貿易赤字に陥るのは当然のことだった。いわば慈善活動として、他国から輸入を受け入れてきたようなものだ。しかし、冷戦がなくなったにも関わらずこの構図は維持され、更に中国のような新規参加者が一方的に利益を享受するようになった。トランプ氏が主張しているのは、冷戦が終結した以上、このように米国が一方的に損をするのはおかしいということだ。これはアメリカの労働組合が長らく主張してきたことでもあるが、支持団体であるはずの民主党は彼らに耳を貸さず、オバマ政権も彼らよりも貧しい層をオバマケアで救済することに専念してきた。本来、民主党の次の大統領候補は、そうした労働者階級に気を配る必要があったが、ヒラリー氏はそれを行ず、代わりにトランプ氏がその層の支持を獲得した。バノン氏のように、労働者階級の父親を持つ人物がトランプ政権の中枢を占めているのは象徴的だ。建設会社を経営してきただけに、トランプ氏はアメリカのどのエリート層よりもブルーカラーの労働者に近く、彼らの意志をくみ取れたのだろう。彼らの多くが白人であるため、時にトランプ氏は白人至上主義とみられるが、むしろオバマ氏が取りこぼしてきた弱者救済を行っていると捉えるべきだ。

――日本としてはどうするべきか…。


横江 アメリカの現状をよく理解し、過去の価値観に基づいた評価をするべきでない。日本ではレーガン政権のような「強いアメリカ」が理想と捉えられがちだが、もはやそうしたあり方はアメリカの国益に合致していないことを受け入れるべきだ。そもそも、アメリカがどうあるべきかではなく、これからのアメリカとどのように付き合うかこそが肝要だ。防衛関係については、これまでのようにアメリカに頼るばかりではいられなくなるだろう。難しいのはアメリカの兵器の購入に関してだ。慎重だったオバマ氏と異なり、トランプ氏は兵器販売に前向きとみられるが、これは最先端の兵器を入手できる好機である一方、自国の防衛産業育成には向かい風だ。一定の防衛産業を持つイギリスやフランスでも全てを自前で製造することは不可能で、日本も現状では何とか国産飛行機を運用する能力しかない以上、米国との協力は不可欠ではあるが、全てを依存していいかは難しいところだ。これまで先端技術は防衛産業から生まれてきただけに、日本が保持するのも重要かもしれないが、一方でアメリカがさらに先行して新技術を生み出していくのは間違いない。難しいが、うまく折り合いをつける必要があろう。