民法、事例蓄積に一定の時間

民法、事例蓄積に一定の時間

西村あさひ法律事務所
弁護士
有吉 尚哉 氏


聞き手 編集局長 島田一

――このタイミングで民法改正が行われた理由は…。


有吉 今回の民法改正は、民法の中でも債権や契約に関する全ての部分を対象に見直しを行うもので、形式的な修正を含めると数百条の条文を改正するものだ。民法は明治29年に制定され、その後片仮名を平仮名に直すなど形式的な全面改正が行われたほか、親族や相続に関する家族法の部分についての全面改正は行われたが、債権や契約に関する規定については明治29年以降抜本的な改正は行われていなかった。ただ、社会や経済の情勢は制定当時と大きく変わってきたほか、判例や学説も積み重なっており、条文には書かれていないが解釈上、確立したルールも多数ある。そこで、すでに確立した解釈については民法の条文として明文化し、かつ現在の時代に合った民法にしようということで、2009年秋から法制審議会において改正に向けた公的な議論が始まった。こうした改正の動きは、基本的には実務界や政治家ではなく、学者の先生方や法務省の事務方の主導で始められたものであった。

――今回の民法改正のうち、金融資本市場に関わるテーマは…。


有吉 民法は基本的には私人間の権利関係について互いの合意が無い場面でのデフォルトルールを定めるものであり、会社法や業法の改正と比べて、改正に伴って新たな規制や手続き等への対応が必要となる事項は必ずしも多くない。ただ、民法は企業間の取引や特定の場面での手続きに限らず、法人を含めた私人同士の取引全てについて最終的に適用されるため、影響は様々な部分に及びうる。金融分野でも影響が及びそうなテーマはいくつかあるが、まずは保険や投資信託等でも使われている「約款」に関するルールが新たに民法で定められることになったことがあげられる。事業者側が提示する約款は法律ではないため、強制的に拘束力が生じるものではないが、約款を使って取引をした場合、約款の中身が契約内容になりうるというのはすでに判例で確立されている考え方だ。ただ、現行の民法には約款に関する規定は存在せず、なぜ約款の中身が当事者を拘束する契約となるのかなど約款に関するルールも一切定められていなかった。そこで今回の民法改正では、「定型約款」という概念を新しく設けた上で、どのようなものが定型約款にあたるのか、どのような要件を満たせば定型約款の内容について合意があったとみなすのかといった点についての法的根拠が明確化された。同時に、定型約款の内容のうち事業者側があまりに有利な条項や、同種の取引では一般的にあり得ないような不意打ち的な条項は排除されるルールも定められることとなった。金融ビジネスでは保険や投資信託以外に、例えば銀行の住宅ローンの契約書のひな形のようなものも定型約款に位置づけられる可能性がある。約款を使った取引についてはまず新たな民法のルールを確認し、手続きや内容と民法のルールとの間でズレがあった場合は手直しする必要が出てこよう。

――このほかに金融資本市場とリンクしたテーマは…。


有吉 資本市場とは直接的には関係が薄いかもしれないが、金融分野に影響する改正として、債権の消滅時効のルールの見直しも行われた。現行の民法では消滅時効の時効期間は若干複雑で、原則として、権利行使が可能な時点から10年間とされているが、商行為によって発生した債権は5年間、さらに例えば飲食店は1年、弁護士費用は2年、診療報酬は3年などいったように職業ごとに異なる短期間の時効期間も定められていた。このように債権の種類によって時効期間が異なるのは煩雑ということで、今回の民法改正では時効期間の統一化が図られた。具体的には二段階の時効期間が設けられており、原則として、債権者が権利を行使できることを知ってから5年間、または客観的に権利行使が可能となってから10年間のどちらかが経過した場合には消滅時効が完成するという立て付けになった。例えば物品の売買で買い主が売り主にお金を支払い、その後に売り主が買い主に渡したものが偽物だと判明した場合、損害賠償債権の時効が消滅するのは偽物だと判明してから5年間、または物品を引き渡されてから10年間のうち早く経過した時点ということになると考えられる。契約に基づいて発生する債権の消滅時効を考えた場合、企業間の取引で発生した債権には、現行の民法上、基本的に商行為についての5年の時効期間か、職業ごとの短期の時効期間が適用されるはずだが、改正後は、債権者が知ったときからの5年間の時効期間が適用されることが一般的になると考えられる。金融機関の中には債権管理の一環で時効期間についてもシステムで管理している可能性もあるだろうが、今回の民法改正と合わせてシステムを修正する必要があるようならば大きな負担になるかもしれない。

――保証人に関するルールも見直された…。


有吉 保証については、保証人の保護を拡充する見直しが行われており、民法の中では例外的に一種の規制のような規定が設けられている。まず1つは他人が事業のために負担した融資債務について個人が保証人となる場合、原則として、保証人が公証役場に行き、公正証書を作成して保証をする意思の確認を行わなければ保証は有効にならないというルールが創設された。ただし、企業が金融機関から借り入れた債務を社長やオーナー株主が保証する場合は、例外的に公正証書を作成する手続きを行わなくても保証の効力は従来通り認められる。もっとも、これを超えて、社長の親族や従業員など取締役やオーナー株主ではない者が企業の事業性融資債務の保証人となる場合は、公正証書を作って保証意思の確認を行う必要がある。また別の規定として、債務者が事業のために負担した債務の保証を個人に対して依頼する場合、債務者の財産状況、ほかにどのような債務を負っているのか、担保が付いているのか、といった事項について説明をしなければいけないというルールも定められた。この際、債務者が保証人に説明を行っていなかったり、または虚偽説明をしたことにより、保証人が事実を誤認して保証契約を締結した場合には、保証契約を取り消すことができる場合があることとなった。このように一定の保証について公正証書による意思確認の手続きを必要としたり、保証人に対してきちんと情報提供を求めるルールが導入されたことにより、個人保証人の保護に関するルールが拡充されたといえる。

――民法改正での積み残された課題は…。


有吉 今回の民法改正は、そもそも実務上の具体的なニーズがあったことにより進められたものではないこともあり、企業法務の実務的な立場からはそうした積み残しといえるような課題はあまりないのではないか。むしろ、今回の民法改正の審議の中では実務界からルール変更によって混乱が生じるような事態は避けて欲しいという声が多く、そうした実務界の要請と学者や法務省のコンセンサスが得られないものは改正しないという方向に流れていった印象もある。なお、今回の民法改正で実務界が混乱するかどうかは、裁判所が新しい条文についてどのような解釈を取るかによっても異なる。理論面としては従来の考え方を大転換するような改正事項もあり、結論が大きく変わる可能性がある分野も一部には存在する。このような改正事項の実務への影響は、裁判所の解釈次第という面があり、事例が蓄積するまでしばらくは不明確な状況が続くことは避けられないだろう。例えば、何が定型約款に当たるのか不明確な部分もあり、判例等によってそれが固まるまでは一定の時間を要する。今回の民法改正の評価は分かれているものと思うが、民法制定からすでに100年が経過している以上、どこかでブラッシュアップを行う必要はあるはずであり、今回がよいタイミングだったと評価できるのではないか。改正の施行は公布日から3年以内とされているが、施行時に混乱が生じることのないよう、改正内容についての周知活動が進められることを期待したい。