北朝鮮との統合が韓国の突破口

北朝鮮との統合が韓国の突破口

早稲田大学
教授
深川 由起子 氏


聞き手 編集局長 島田一

――日韓関係は微妙な状態が続いている…。


深川 日本では「嫌韓」が一大ジャンルに拡大した一方で、韓国は元々「反日」ナショナリズムがあり、売り言葉に買い言葉で互いに感情的になっている印象だ。旧い世代には戦前の半島蔑視観があったが、最近の「嫌韓」はそれとはルーツが異なり、韓国が日本に追いつき、追い越そうとしていることでプライドが傷ついていることが悪感情の一因になっているように思われる。「嫌韓」には、韓国の発展は全て日本の技術を盗用したことによるものといったような荒唐無稽な主張が多いが、不幸なことにいわゆる大手メディアも次第に「嫌韓」を「忖度」し、バイアスがかかった報道を行うことが増えた。

――韓国は何故成長できたのか…。


深川 通貨危機以降のここ20年についていえば、徹底して成果主義、短期収益主義を追及したことが大きい。グローバル化が新興市場で拡大する時代にはスピード経営が重要で、その波に韓国は乗ることに成功した。労働者の意識も異なり、韓国では、ある程度待遇がいい大企業で働くためには、常に実績を示し続けることが要求される。例えば日本の場合、海外出張の報告書は帰国してから作成することが珍しくないだろうが、韓国では飛行機の中で作成したうえで、飛行場に到着したのと同時にメールで提出し、会議で経営判断ができるのが常識だ。こうしたスピード感の違いがあるため、日本企業は韓国企業との競争で敗退することが増えた。ただ、この勤勉さは、そうでなければ生きていけないことが背景にある。例えば韓国では日本ほど公的年金や企業年金などが充実していないため、現役時代に十分な所得を確保しなければ、老後生活が苦しくなるのが実態だ。

――成長の見返りに競争が激しくなっている…。


深川 成果主義、短期収益主義は労働市場にかなりの歪みをもたらした。韓国では、企業の収益が悪化した場合、雇用で調整しようとする傾向が強い。この反発で、労働組合は雇用確保と賃上げを求め、正規職には解雇のリスクプレミアム賃金が払われるようになったが、企業はコスト抑制のために非正規職を増やした。そのほか、企業はいわゆる下請けへの負担移転で収益を確保しようとすることも多く、大企業―中小企業間の成熟した取引関係はなかなか生まれず、中小企業はさらに政府規制や政治的な資金支援を要求し、対立が深まった。大企業正規職と非正規職の多い中小企業の賃金格差は拡大し、求職者はこぞって大企業を志望し、標準化された学歴競争に拍車がかかった。子供たちは小学生の頃から夜11時まで塾に通い、中学、高校、大学と受験戦争を繰り返し、更に留学や資格を取得し、最高の履歴書を作りあげる競争に駆り立てられ、親はその資金負担に奔走させられてきた。

――しかも努力が報われるとは限られない…。


深川 大学の進学率は一時期は8割弱にまで上ったが、この全員を大企業が吸収できるはずもない。子供には大卒のプライドが、親には投資資金回収圧力があり、大企業や官庁に就職することが求められるため、ストレスは尚更大きい。韓国は日本のセンスから見れば階層的な社会であり、就職活動の上でも親の仕事や住んでいる地域が重要になるなど、そもそも機会が平等でないことが社会の閉塞感を強めている。デモには若者の参加者が多いが、これはそうした圧迫を背景に怒りを貯め込んでいるためだ。そんな彼らにとって最も許せないのは、コネで相対的好待遇を得る人々で、パク・クネ前大統領の友人として国政介入を行った疑惑のあるチェ・スンシル氏の娘のチョン・ユラ氏の大学不正入学があれだけの大騒動になったのはそのためだ。日本人からすればデモ参加者は感情的にみえるかもしれないが、それ相応の社会的背景がある。

――新大統領は韓国を改革できるのか…。


深川 すぐには難しい。政治的には新政権は少数与党であるうえ、与野党で対立がある法案は議員の5分の3の賛成が可決に必要な「国会先進化法」の存在が改革を難しくしている。もし次の地方選挙でも与党が大勝利できなければ、総選挙は2020年までないため、結局何もできない政権になる可能性が高い。ムン・ジェイン新大統領もそのことはよく理解しており、81万人の公務員増を約束するなど、なりふり構わずに支持獲得に動いている。ただ、こうした政策は明らかに将来的な弊害も大きい。財政負担はもとより、元々公務員志望者でもない人が無理に公務員になっても、士気低下を招くだけだ。公務員は一度増やせば減らすことは難しく、このままいけば公務員の多さが財政破たん要因となったギリシャと同じ未来を迎える可能性すらささやかれている。また、過去の韓国の大統領は退任後、自身や家族が逮捕されるのが慣例となってきたが、ここまで一貫している以上、個人の問題ではなく、政治システムやその基礎にある社会に問題があることにもう気づくべきだろう。権力を利権に結び付け、少しでも個人的なルートがあれば権力に接近してこれを利用しようとする人々がいる限り、政治的スキャンダルは繰り返される。新大統領もそのことを踏まえ、兵役逃れ、不動産投機、脱税、偽装転入、学歴詐称といった行為を行った人間を閣僚から外すと宣言しているが、これらを全く行っていない人間は少なく、このため組閣は難航している。結果のためには手段を問わず、ルールを無視する風土は結局、自分の首をしめている。

――韓国は一体どうしたらいいのか…。


深川 韓国はもはや民主主義国家なので、政府の号令だけで社会のありようを一変させるようなことはできない。「財閥」たたきは一時的には大衆人気を博するかもしれないが、本質的には労働改革を一歩ずつ進めていく必要がある。ただ、そのためには議会選挙で与党が勝利するのが不可欠で、戦略として当座の雇用拡大政策は必要である一方、労働市場全体の構造改革の順序やつながりを注意深く設計する必要がある。実際、既に最低賃金引上げなど、経済合理性が疑わしい公約を新大統領は掲げているが、議会選で勝利後は、より現実的な政策に取り組まなければならない。韓国は安定した経常黒字国であるため、通貨危機が再発する可能性は低いが、一方で家計債務の水準は高く、銀行危機が発生するリスクはある。新政権はそのリスク低減に取り組むべきだし、社会的脆弱層である高齢化対策も急務だ。一方、北朝鮮との統一は長期的にみれば、韓国にとって大きなチャンスだ。北朝鮮がなんらかの体制転換を実現して国際社会に復帰し、経済開発が本格化すれば、韓国経済には大きな突破口が開ける。豊富で安価な北朝鮮の労働力を活用できるし、また統合不安に伴う通貨下落も見込まれ、輸出増が期待できる。そのほか、財政の大きな負担となってきた軍事費削減も可能だし、ソウルの安全も確保できる。恐らく韓国株価にとっても大きなプラス要因となり、現実の向こうに民族主義の夢が膨れ上がりがちだ。

――日本と韓国はどうすれば関係を改善できるのか…。


深川 政府レベルではなく、民間レベルでの改善を進めていくべきだろう。日本人は韓国人が日本嫌いだと思いがちだが、2016年における日本への韓国人観光客数は初めて500万人を突破した。確かに反日感情がないわけではないが、もし本当に韓国人全てが日本を憎んでいるならば、わざわざ自分のお金を使ってまで人々が日本を訪問するはずがない。また、日本人が理解すべきなのは、韓国にとって日本が依然巨大な脅威であることだ。韓国が日本を攻めると思っている日本人はまずいないだろうが、韓国側には真剣に日本が攻めてくる可能性を懸念している人さえいるのだ。日韓の歴史や国力の差を踏まえると、やられた側にはやられた側の心理があるのは理解する必要がある。一方で韓国側も自己都合の弱者論理と尊大な姿勢の混在が日本人の感情を刺激していることに気づくべきだ。好き嫌いに関係なく、冷静に考えれば両国は共通の課題も多く、協力した方が双方の利益になる。

――両国はこれまで競争を続けてきた…。


深川 「嫌韓」派も韓国の民族主義感情論も共に製造業で日本と韓国が競争していると主張するが、はっきり言って古い話だ。すでに製造業の主戦場はより賃金が安い途上国に移動しており、一部を除けば日本や韓国は生産性でもイノベーションでも世界をリードしているとはいえない。確かに日本はトヨタ、韓国はサムスンがあるために一定の存在感はあるかもしれないが、それもいつまでも続くものではない。サムスンも、既に携帯電話事業では中国メーカーに敗北しつつある。むしろ重要なのはサービス産業の生産性向上で、この分野で両国は文化性の近さから、協力できる余地が大きい。歴史問題や領土問題といった国レベルのテーマでは、互いの結論が最初から固まっているために出口がないが、地方行政や会社レベルなどで話し合えば成果を出すことは可能だ。個人レベルでも、労働者の行き来など、協力できる余地はある。例えば日本の料理や美容室といったサービスは韓国でも需要があるため、そうした技術をもった人は韓国で成功しているケースも多い。一方、日本企業では既に多数の韓国人の若手が活躍している。韓国の大卒者はほとんどがTOEICで800点以上の英語力を持っているし、徴兵で軍隊に所属した経験で、上からの命令に忠実で、目標達成意欲や向上意欲も強い。問題をやり過ごそうとする日本人社員とは違い、企業業績に貢献できるだろう。半導体や自動車のシェアで勝った負けたといった話はもう既に終わったテーマであり、今は両国の利益を共同で追及するべき時代で、その意味での未来志向を確認するのが重要だ。