金融老年学が必須の研究に

金融老年学が必須の研究に

慶応義塾大学
経済学部 教授
駒村 康平 氏


聞き手 編集局長 島田一

――ファイナンシャルジェロントロジーとは…。


駒村 ファイナンシャルジェロントロジーは金融老年学といい、認知機能が変化することが経済活動や金融活動にどのように影響を及ぼすかを研究する学問だ。16年6月にファイナンシャルジェロントロジー研究センターを発足し、同年10月に野村ホールディングスと共同研究を開始した。高齢者の寿命はどんどん延びており、女性の平均寿命は2065年には91歳に到達する。今後の技術進歩を含めると100歳まで伸びる可能性も指摘されている。また、65歳以上の高齢者数は3500~4500万人まで増加する見込みとなってきており、そのうち75歳以上の現在の割合である50%が70%まで上昇してくる。また、加齢とともに認知症の発生率が上昇していくことはほぼ間違いなく、現在500万人と見られている認知症患者数は多い場合は1200万人まで増加する可能性がある。一方、日本の金融資産を見ると、高齢者に偏っており、高齢者ほど危険資産を保有している状況にある。つまり危険資産を保有しながら判断能力が低下している。これは極めて問題だ。この問題解決に向けてきちんとデータを取って、分析し、どういった投資行動ができるのかできないのか、どういう人にどういう商品を売っていいのか売ってはいけないのか、適合性のルールにも関わる部分を研究テーマの一つとしている。

――加齢に伴って経済・金融行動はどう変化していくのか…。


駒村 一般的に認知機能は加齢とともに低下していくが、通常の老化の範囲であれば日常生活には問題ないだろう。しかし、認知症になると、日常生活もままならなくなってくる。高齢者はある程度の金融リテラシーを持っており、経験値が高いが、認知機能が低下すると金融資産の運用も難しくなる。海外での研究ではこの部分が判明してきており、認知機能が低下すれば株式保有率は低下し、投資収益率も低下し、つまり上手な運用ができなくなるという結果が出ている。こういった分析はまだ日本国内ではできておらず、研究面でのテーマの一つだ。また、高齢期の財産管理の問題として、相続の問題もこれからのテーマになってくるだろう。世代間移転の問題、どういった形で子供に財産を残していくのか、信託の問題も含めて今後触れていきたいテーマの一つだ。あとは、老齢期の財産管理を誰がサポートするのかというのもテーマの一つ。現時点では子供がその役割を担うことになっているが、良し悪しの部分もある。まとめると、行動経済学に加齢要素を加えると、今まで合理的な判断ができない人が多かったのに、さらにそれが増すというフレミング効果が挙げられる。すなわち、説明次第でいかようにも判断がぶれ、選択肢が多いとますます判断力が落ちる、そして意思決定を先送りするという傾向が強くなる、またはいったん握りしめたものを手放せなくなる、ポジティブな情報のみ反応してネガティブな情報は判断に影響を与えない、子供と同じ話を聞いていてもネガティブな情報を受けて入れないため親子間での意思決定に問題が生じる、また時間軸についてもある一定年齢を超えると後ろを振り向きながら判断するため、判断が合理的ではなくなる。こうした傾向・問題をしっかり確認したうえで、心理学的変化、認知学的変化を支える金融サービスを開発しなければならない。これを確立すれば、高齢者が金融資産をきちんとマネジメントする金融ケーパビリティを支えることも可能になる。これを全体的に研究するのが金融ジェロントロジーという学問だ。従って研究テーマとしては、高齢期において資産運用や経済活動がどのように変化するのか、どういった行動バイアスがあるのか、明らかにし、それを支えるための高齢者向けの金融サービスを開発していくのかになる。

――直接金融市場育成に高齢化が課題となる…。


駒村 直接金融で個人のリスク許容度に応じてリスクを取らせ、ふさわしい金融資産を持ってもらい、一定のリスクマネーを供給するのが直接金融市場の役割であり期待される部分であるが、その部分が機能しないと、やはり間接金融しかないのかという認識に戻ってしまう。日本では、高齢者に金融資産やリスク性資産が偏っているという点で、金融資産保有状況は他国とは異なる部分もある。本来ならば時間分散を考えれば若年層が資産を保有していた方がいいのだが、資産が十分ないので、若い人がリスクを取れないでいる。この点、早期の世代間の資産移転は一つの解なのかもしれないが、一方では若い人は所得変動リスクが原因で、リスク資産を持ちたがらないという可能性もある。所得変動リスクや家族を持つと予定外の出費が出るなど既に十分リスクを背負っているうえに金融資産までリスクを取れない。逆に高齢者は年金を受給してしまえば、ベーシックな部分はリスクを取らなくて済むことから余剰資金でリスクが取れる。つまり、認知機能が低下している人ほどリスクが取れてしまうという構造になっている。実際には認知機能が落ちている時期は、適合性のルールを考慮し、一定年齢以上への販売を控えているが、本来であれば個人差で判断能力を見分けることが望ましい。しかし、それを見分けることは難しいことから、これについては医学部と連携で研究を進めている。

――顧客に対して判断能力に関する試験を受けてもらう…。


駒村 そういった意見ももちろん出てきている。認知機能の低下が原因で、自動車事故が増えているが、金融市場でも認知機能の低下した顧客によって「事故」が発生する可能性がある。その場合でも、販売した金融機関側も罰せられる可能性もあることから、運転免許証と同じように金融市場にも顧客側にも認知機能がしっかりしているという点であたかも「ライセンス」が必要だ。ただ、実際に民間企業が顧客に試験を提案するのは難しいものだ。この点、これまでの医学部の知見を活かし、例えば、繰り返し同じことを言ったり、約束を忘れたことを忘れるなど、加齢に伴う通常の記憶力の低下と病的な記憶の低下、あるいは経済取引が無理なほどの認知機能の低下などを峻別していくノウハウを、少なくとも金融の窓口を担当している人には必要ではないかと思う。お互いに金融市場のプレーヤーであることから、売り側に免許があり、買う側も買うことができる証明があれば互いの立場はイーブンになる。しかし、現時点では金融機関側が顧客の判断能力や経験、運用目的などを理解して適切な商品を売らなければならず、結果として売らないでおこうという状況に陥っている。この点、金融庁が17年度行政方針にファイナンシャルジェロントロジーというキーワードを使ってくれたので、今後は証券会社だけではなく、商品が複雑化している生保や地銀、信金などへも広がり、業界全体で取り組んでいくことを期待している。

――成年後見制度の活用という手もある…。


駒村 認知症が500万人いるのに対して成年後見制度の利用者は現状20万人程度しかいない。結局、成年後見制度は使いやすい制度ではない。または家庭裁判所の処理能力の限度、専門の後見人の供給量といった問題が、利用者が伸び悩んでいる理由だ。このため、成年後見制度とは違う形で高齢者の財産をサポートするような金融サービスを考えていかなければならない。また、認知症患者が将来的に500万人から1200万人に拡大するとなれば、9人に1人が認知症の社会となってしまう。オレオレ詐欺やアパート経営詐欺、リフォーム詐欺などそういった詐欺の草刈り場になるだろう。これはおそらく一つ金融市場うんぬんというよりは、人口の40%以上が高齢者となる、人口の25%が75歳以上となる社会が来るということを想定し、ビジネスや経済のルール、自分の契約は自己判断で、きちんとした認知能力を双方が持っているというこれまで築き上げてきた社会の前提を、場合によっては変えていかなければならない。その前提をどう変えればいいのかは難しい。行動経済学の知見を活かしている欧米では、クレジットカードの契約や携帯電話の契約において、本当に消費者にとって有利な価格帯なのか、見分けがつきづらいような、つまり消費者の判断能力のすきをついて販売する手法について厳しい見方がされてきている。そういう意味では、消費者保護全体に向けてまったく新しいアプローチを考えなければならない。

――金融庁が柱となって資格制度を構築するのも一つのアイディアだ…。


駒村 おそらく高齢者の属性を把握してきちんとしたアドバイスができるという資格を作る必要はある。FPがいいのかなどこれから議論を重ねる必要がある。データを見るとこれから毎年170万人が亡くなる時代となり、膨大な相続資産が発生するわけだが、自分の判断能力が低下したら、子供に丸投げするしか選択肢がなくなる。子供との関係でも利益相反になる可能性もある。そうなると忠実なる下僕ではないけれども、中立的なアドバイザーの資格が必要となるだろう。また、適合性原則を段階的にするという案もあるが、その判断基準をどうつけるかがやはり問題となってくる。例えば、公的制度として、年金受給者の認知機能を定期的に確認し、その診断結果を金融取引の基準の一つとするという手段もあるかもしれないが、これにも様々な課題や倫理上の制約が発生するだろう。海外のようにプライベートバンキングが整備・浸透すればいいが、海外とはボリューム感が違う。日本国内では高所得者から中所得者まで幅広くカバーできるような体制整備が必要となるだろう。