世界的な余剰で知恵の勝負に

世界的な余剰で知恵の勝負に

独立行政法人経済産業研究所
理事長
中島 厚志 氏


聞き手 編集局長 島田一

――世界経済の現状は…。


中島 世界経済を巨視的に見ると、2000年代に入って、ヒト・モノ・カネ・エネルギーの全てが不足気味から過剰気味へと転じてきた。世界的にインフレ率がなかなか上がらない状況が続いているのも、モノの供給が需要を上回りやすくなったことが一因として挙げられる。このことは統計上でも確認することができる。例えば世界の工業生産量を見ると、中国を含む新興アジア諸国の工業生産量は2000年から2017年までの間に約4・5倍に拡大している。この間、先進国は1・1倍程度の伸びにとどまり、日本はようやく横這いといったところだ。この理由は明白で、グローバル化に伴い新興国の人口が労働力として使える時代になり、先進国企業が資本と技術を持ち込んで、新興国でも最先端のハイテク製品を生産することが一気に可能となったためだ。この結果、世界貿易のバランスも以前と比較してずいぶんと異なってきている。世界の貿易の中に占める途上国のシェアは2000年ごろには約20%だったが、2015年ごろには約40%と倍増している。この変化は新興国の成長に寄与するので悪いことではないが、米国が一国で世界の貿易赤字の大半を引き受けており、米国を中心に保護主義的な動きが強まることにもなっている。

――一方、ヒトの過剰とはどのような状態か…。


中島 世界銀行が公表している世界の部門別就業者人口によると、第2次産業の就業者の割合が2000年から2003年の間で約10%も上昇している。この割合を世界の就業者人口に掛けると、1990年代前半から2010年のわずか20年間程度で鉱工業の就業者人口が約5・5億人から約10億人に増加した計算になる。このことは、モノを作るヒトが倍増しており、その分生産力ともなっていることを示している。また、ヒトを巡っては移民の問題も表面化している。OECDの移民レポートでは加盟各国の移民の流入人数を集計しているが、確かに移民の数は増加の一途を辿っている。しかも、この流入した移民の出身国を見ると、かつての低所得国に代わって新興国・中所得国からの流入が中心となりつつある。めざましい経済成長の結果、新興国・中所得国の国民の学歴や所得が上がり、比較的学歴の高い人達が自分で渡航費を払って先進国に出てくるようになったということだ。こうして先進国に流入してきた移民は、先進国の中所得者層の仕事を奪うというよりは、主として今までも移民中心に担ってきた低賃金労働に参入している。しかし、ブレグジットなどに見られるように、流入国では移民への抵抗感が強まることにもつながっている。

――現在の世界経済ではカネも余っていると…。


中島 OECDとBRICsの通貨供給量(マネーサプライ)を見ると、以前は世界のGDPの8~9割程度だったが、リーマン・ショックを契機に世界のGDPを上回る水準に達した。これは主要先進国が量的緩和を行った結果だが、量的緩和が縮小されつつある現在でもマネーサプライは100%を超える水準で推移しており、世界的にマネーはますます潤沢になっている。カネだけではなく、エネルギーの供給も増えている。米国のエネルギー省は世界に存在している各種エネルギーをテラワット年という単位で公表している。1テラワット年とは、100万キロワットの原子力発電所1000基が1年中フル稼働して得られる発電量であり、2009年の世界のエネルギー使用量は16テラワット年だった。米エネルギー省によると、陸地上全てに太陽光パネルを敷き詰めた場合、その発電で得られるエネルギー量はなんと2万3000テラワット年もある。もちろんそんなことは不可能なので、都市部とその周辺にだけ敷き詰めたとしても、石炭の可採埋蔵量合計と同程度の900テラワット年のエネルギー量を毎年得ることが出来る。シェールオイルの登場により原油価格が上がりにくい状況となっているが、再生可能エネルギーの普及もあって、世界のエネルギー量はますます豊富となってきている。足元、原油価格は上がっているが、産油国がカルテル的に原油価格を支配していた時代は終わり、エネルギーの価格は市場で決まり、しかもこれまでと比べて安くなるという新たな時代を迎えている。

――4つの過剰で世界経済の構造が変化してきている…。


中島 これまでの世界経済で勝つためには希少な資源を押さえることが一つのやり方だったが、ヒト、モノ、カネ、そしてエネルギー資源までも豊富になってくると、今後は豊富な資源をいかに誰よりも有効に使うかという知恵の勝負の時代になってくる。ヒトも同様で、世界で高度人材が増加し、かつ一国にとどまらずに活動するようになると、高度人材を抱えるだけではなく、どのように活用するかがますます大事となってくる。丁度このような時代に、米国経済の成長率は、トレンド的に見れば第二次世界大戦後の経済復興や第3次産業革命で盛り上がっていた1945年以降の水準をリーマン・ショック後初めて下回っており、戦後の大きな経済成長のうねりが一巡したように見える。また、世界の人口増加率も途上国の衛生状態の改善等を背景に鈍化しており、現状のままでは需要増の鈍化で世界経済の成長率は高まりにくい構造となっている。足元ではロボットやAIなどによる第4次産業革命が言われているが、私には第3次産業革命の一巡と符合した動きのように見える。そして、第4次産業革命が実現すれば生産性向上や新しい投資で世界経済の成長率が構造的に上がる可能性がある。それは先進国と新興国両方の成長を高め、保護主義や反移民の動きを抑えることにもなる。

――日本も第4次産業革命にキャッチアップしていく必要がある…。


中島 2016年以降、世界的にハイテク製品の売上高が急増している。日本のロボットの総出荷額などもここ2年で大きく増えている。これは第4次産業革命の先取り的な動きにも見える。ここから第4次産業革命が本格化するには、知的財産への投資が増えていくことが重要だ。米国の知財投資の対前年比増減率は足元では5%程度の伸びとなっており、本格化の一歩手前という状況だ。一方、日本の知財投資の伸びは主要先進国の間では最も低い水準だ。中国はスマートフォン決済やレンタル自転車などでITを活用した新たなサービスを展開している。私はこの中国の動きを大変注目している。18世紀の産業革命を見ても、技術革新で蒸気機関が発明されただけは不十分で、そのパワーを発揮する蒸気機関車が製造され、さらに鉄道が広く敷設されたところで社会が大変革し、産業革命が本格化した。技術の重要性はもちろんだが、その技術を使ったサービスや製品が登場することがポイントであり、今の中国はそうした段階にあるように見える。IMFの統計でも、中国のサービス輸出額はフィンテックを中心に急拡大しており、日本はこうした動きに置いて行かれてはならない。

――AI時代の到来によって人間の雇用が奪われる可能性がある…。


中島 OECDはAIで代替される可能性がある業務の割合を各国別に示しているが、日本は5割を超えておりOECD諸国の平均よりも高い水準にある。しかも、OECDによると、2002年から2014年までの間の先進国での雇用が最も減ったのは低所得労働の分野ではなく中所得のルーティンワークだった。こうした定例業務はAIが最も得意とするところであり、今後こうした傾向が一層強まるとすると、AIに負けない人材を育てていく必要がある。ところが、日本では業務で毎日パソコンを使う労働者の割合がOECD平均よりも低い。これは労働者がパソコンを使いこなす能力に欠けているというよりも、企業において業務のIT化が進んでいないことが大きい。また、政府が掲げている働き方改革でも、生産性を向上させてこそ労働者の賃金を上げることが可能になる。日本企業はさらにIT化に取り組んでいく余地はあり、それがAI時代に我々が生き残るカギになる。

――日本企業はさらにIT投資を進めるべきということか…。


中島 設備投資全体に占めるIT関連投資の割合は欧州の主要国では40%~50%程度だが、日本は20%~25%程度といったところだ。日本はものづくり中心なので機械への投資が比較的多いとはいえ、IT関連投資の割合は2000年代以降、横ばいにとどまっている。この間、日本では非正規労働者の割合が上昇しており、柔軟性がありつつも賃金が低い人材の雇用と解雇を容易に出来る企業にとってはIT投資に取り組む必要性は低かったとも言える。ただ、このまま日本が出遅れていいという訳にはいかない。AI時代が到来し、さらに日本の労働人口が減少していくことを勘案すると、企業も早くIT化へと舵を切っていく必要がある。