一帯一路政策は見通し難

一帯一路政策は見通し難

国際貿易投資研究所(ITI)
理事長
畠山 襄 氏


聞き手 編集局長 島田一

――米中貿易戦争は日本が過去に経験した…。


畠山 中国も日本と同じ道を歩んでいくことになるだろう。中国は否が応にも対米黒字を削減していかなければならない。しかし、日本の歩んだ道が正しいとも限らず、どちらかといえば正しくない道を歩んだということもできる。米国としては年間2758億ドル(2017年)にも及ぶ対中赤字を無くしたい考えにある。過去に日米貿易摩擦によって日本は一生懸命減らしていき、その減少分を所得収支の増加で補うという構造展開とした。所得収支に切り替わっていくこと自体は自然な流れであり、いいと考えている。しかし、人為的にその流れを作ることでどういう影響がでるのか不透明だ。例えば、輸出自主規制に関しては、日本はGATT(関税および貿易に関する一般協定)違反だったわけで、中国もWTO(世界貿易機関)違反になるわけだ。米国にしても欧州にしても本当にけしからんのは自分たちは何もせずに手を汚したくないということだ。この問題については私自身が欧州と対峙した経験がある。

――実際に交渉を担当されていた…。


畠山 私が通商産業審議官として91年7月に先進7カ国経済サミット出席のため、中尾栄一通産大臣とともにロンドンを訪れていた際、中尾通産大臣とアンドリーセンEC貿易担当委員との会談が行われたが、そのときの出来事を今でも鮮明に覚えている。会談は日・EC自動車問題に関するもので、アンドリーセンは2つの要求を出した。一つは、自動車の輸出自主規制をしてほしいということだった。我々としては、輸出自主規制はGATT違反なので、万感の思いがあったものの、協力する意向を示した。それからというもの、自動車輸出は伸びる勢いがあったものの、これを伸ばさなかった結果となった。さらにアンドリーセンは、日本車の対EC輸出自主規制問題に関連し、欧州で生産、販売される日本車の台数を120万台に制限する生産自主規制というサイドレターを受け取ってくれと要求してきた。日本企業がEC域内に投資をして製造する現地生産車について販売量を調整したいというものだ。生産については絶対にできないとの思いを伝えた。しかし中尾大臣と別れた後、もう少し話しを伺おうと再びアンドリーセンのところに赴いたが、それから本当の駆け引きが始まった。

――その後の駆け引きはどういったものだったのか…。


畠山 アンドリーセンは、「先ほどの中尾大臣の回答を最終回答だと思っていない。だからさきほどの会談の結果をまだEC委員長に報告していない。貴方が最終回答をもってきたのでしょう。貴方の回答を聞いたうえで報告するつもりだ。しかし、貴方からの最終回答を聞く前に3点ほど指摘しておきたい」と話し始めた。1点目は、「この日・EC自動車問題の解決への交渉は、ずいぶん長い間行われてきて、交渉は進ちょくしてきた。しかし、その長かった交渉も日本側がサイドレターを受け取ることさえ決断すれば、その瞬間に解決する。貴方が受け取りを拒否すれば、幾多先人の努力をまったく無にしてしまう」とのこと。2点目は、「日・EC貿易収支は日本側の大幅出超だ。このまま行けば日・EC貿易戦争になる。ECの国際世論形成力を軽視してはいけない」とのこと。そして3点目は、「明日、海部首相が私の母国であるオランダに飛び、日・EC共同宣言に署名することになっている。歴史上初のことだが、そのサインは断れないだろう」と言葉巧みに交渉を仕掛けてきた。私は大した交渉者だと思った。そういった駆け引きが当時行われていた。こういった経験もあることから、先般の日・EUEPAの大枠合意が決定したときは大変嬉しかった。

――これからは中国が大変だ…。


畠山 日本企業が中国に輸出し、中国から米国へ輸出される流れもある。米中貿易摩擦が生じれば日本企業も間接的に影響を受ける可能性もある。日本はうまく貿易立国から投資立国に変わってきたが、中国はなかなか難しいだろう。一帯一路が上手くいけばいいが、政治先行の構想であり、具体的な事業計画がなされていない。今後は肉付けが必要だろう。難しい問題だ。中国も胡錦濤時代のように領土拡大を止めておけばよかったものの、領土拡張主義を通し、周辺諸国から嫌われている点も問題視される。やはり大きなデザインがないという感覚を受ける。胡錦濤まではよかったが問題は習近平だ。野心家で独裁主義であり、日本の政治家にも似たような人がいないでもないが、やはり周囲が好くような人でなければ政治は上手くいかない。国民の目はごまかせない。

――国際貿易投資研究所の目的は…。


畠山 当研究所は、日本貿易会内に置かれていた貿易研究所を財団法人として分離独立させることにより、1989年12月に発足した。発足に当たり、日本貿易会はもとより、通商産業省(当時)、日本貿易振興会(当時)および関係各方面から多大のご支援をいただいた。その後2012年をもって一般財団法人となった。前身の貿易研究所は、1981年、日本貿易会会長(故水上達三氏)の強いリーダーシップの下で、「グローバルな視点から中長期的に世界貿易の在り方を研究する」ことを目的として設置された。その時以来、世界経済の相互依存関係は、目ざましい速度で拡大進化を続けてきた。商品・サービス貿易に加え、直接投資、情報ネットワーク、技術移転などさまざまのチャンネルを通ずる経済活動のグローバル化が進行している。そういう状況の中で、貧富の格差拡大、環境問題などの新たな課題が提起されている。そして、21世紀の新しい経済システムとして、NGO、NPOなどの活動が注目されている。そういったなか、当研究所の使命は、貿易と直接投資を切り口として、グローバル経済の動態を多角的に解明することにある。世界の貿易、投資、産業、企業活動等マクロ、ミクロの各分野やNGOの活動、環境問題などについて調査、研究、分析し、日本および世界の将来の方向と戦略的課題を見きわめるように努力している。先見性をそなえ、的確な分析に裏づけられた調査研究により、公共政策の立案、企業の意思決定に役立つ成果を提供することを目指しており、日本経済のますますの発展に貢献していきたい。なお、激変する経済環境にあって、世界戦略の羅針盤を目指して1953年創刊の世界経済評論誌を2年半前から承継発行している。毎号斯界有識者の知見を集約して各位のお役に立っていきたい。