ブロックチェーン債でコスト削減も

ブロックチェーン債でコスト削減も

世界銀行
財務局 駐日代表
有馬 良行 氏


聞き手 編集局長 島田一

――8月、世界初となるブロックチェーンを活用した債券を発行した…。


有馬 今回発行した債券「bond-i」は、複数のコンピューターを暗号でつなぎ、台帳を関係当事者間で分散して共有するブロックチェーンの技術を活用している。債券を発行した後は、どの投資家がどれだけ債券を保有しているか管理することが最も重要となるが、これを中央決済機構のシステムではなく、ネット上のデジタルな暗号で構成されるブロックチェーン上で行うというのがこの債券の最大の特徴だ。通常の債券では、中央決済機構の中のシステムで投資家ごとの債券保有額を電子的に管理している。利払いや償還もこれに基づいて行われるため、中央決済機構による管理では、万が一不具合が生じた場合に情報が失われる可能性がある。しかし、ブロックチェーンでは複数のコンピューターがネット上で暗号化された情報を分散して持つことから、一部のコンピューターが失われても、真正な記録が保たれる点では安全性があるといえる。

――発行コストも削減される…。


有馬 ブロックチェーンは共通の台帳を分散して複数のコンピューターが持つため、投資家が利金を受け取ったといった情報も、中央決済機構を通さずに発行体や主幹事がリアルタイムで知ることができる。トレードから実際の決済までに要する時間は3営業日程度を要することが多いが、ブロックチェーン債ではこうした時差が殆ど無い。今回債はオーストラリア・コモンウェルス銀行(CBA)を単独アレンジャーとし、その他は発行体(世界銀行)と投資家のみが関係当事者となる。非居住者がオーストラリア国内で発行したカンガルー債の形をとっており、中央決済機構となるオーストラリア保管振替機構(オーストラクリア)の中のシステムを使わず、ブロックチェーン上で債券の保有者情報を管理している。従って、中央決済機構や財務代理人/支払い代理人を介せずに投資家に直接資金を配分できる点では、中長期的にはコスト削減につながる可能性があるといえる。

――今回債の発行コストは…。


有馬 今回債については、世界で初の試みとなる点で初期コストはかかっている。サーバー(ノード)は高性能となるうえ、ブロックチェーンの暗号技術も専門家でないと扱えない。とはいえ、一旦システムが完成すれば維持費は極めて低い。発行体や投資家といった関係当事者にコスト還元ができるかどうかは、今後このような債券の普及が進むかによるだろう。通常の債券管理では利払いや元本を中央決済機構に全額払い、後は機構が情報に基づき適切に配分する仕組みだが、今回債では投資家に直接利払いすら不可能ではない。ブロックチェーンのシステム普及がまだ進んでいるわけではないため、今後の展開はこれから見極める必要がある。普及が進んでも、直ちに中央決済機構の必要性がなくなると単純には考えにくいが、普及が進めば発行コストが下がっていくだろう。

――セカンダリーでも利便性が高い…。


有馬 発行後は、ある時点で債券を保有している投資家に利払いが行われることになるが、当初の投資家とその時点での保有者は異なるケースがある。この点、ブロックチェーン上では、投資家情報をリアルタイムで管理できる点で利便性がある。今回債であれば、発行体の世界銀行がコモンウェルス銀に利金を払い、コモンウェルス銀がブロックチェーンの情報に基づいて投資家に利金を払う。債券が売買されたらブロックチェーン上に情報が反映され、それを見れば現時点の保有者がリアルタイムで分かることになる。今回債は償還期限を2年間とし、この間にセカンダリーで投資家売買が出た場合、ブロックチェーンのシステムが実際に上手く機能するか確認していき、次の発行につなげていく考えだ。

――オーストラリアの金融機関を主幹事に選んだ背景は…。


有馬 オーストラリアでは金融市場にブロックチェーン技術を積極的に導入し、合理化を進めていると実感できたためだ。ブロックチェーンの技術自体は日本も遅れをとっていないものの、オーストラリアでは金融市場で実際の導入に向けた注力が際立っている。オーストラリアの地方自治体であるクイーンズランド州は1月、コモンウェルス銀の構成するブロックチェーンで中央決済機構を使わずにオーストラリアドル建て債を発行し、全額を同州が買い戻すというテストを行った。自ら発行して自ら買い戻すテストとはいえ、利払いや償還ができることを実証した。世界各国と比べても取り組みが進んでいる。

――日本国内での発行は…。


有馬 これまでも日本では新たな債券発行の取り組みをしてきており、条件が整えば日本国内での発行希望はある。日本市場のニーズがあれば積極的に取り組んでいきたい。日本の投資家向けに発行する場合でも、技術の安全性や発展の度合いを慎重に確認しながら市場と対話し、最も買いやすい仕組みで提供する。一方、今回債はデジタル債券となるため、オーストラリアの法律に準拠しているものの、同国で債券を発行したというよりもインターネット上での発行と言っても差支えない。どの国の法律に準拠して発行された債券であるかは重要となるが、今後は日本国内・ユーロといった「発行地」という概念自体、が大きく変わっていく可能性もある。

――世銀は円建外債やショーグン債を発行した実績がある…。


有馬 世界銀行では1971年に初めて円建外債(サムライ債)を発行してから、ショーグン債や大名債、グリーンボンドなど様々な債券を日本で発行してきた。21世紀に入り、調達資金の使途も重視するESG投資が拡大し、日本の投資家は、10年近く前からワクチン債やグリーンボンドへの投資で世界に先行してきた。17年には感染症流行のリスクがある途上国に資金を速やかに提供するためのパンデミック債を発行したが、日本は官民共に極めて重要な役割を果たした。時代の流れとともに資金調達の方法や調達目的は変わってきている。新しい発行の取り組みにも常に挑戦し、マーケットの発展をけん引していきたい。